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お伝えしたいこと 2023-02-05

“農産物と同じはずの「繊維産地」が、ほとんど知られない理由”

2023年もスタートしてはや1ヶ月が過ぎ、2月を迎えました。
いよいよHUISの2023SS新商品も少しずつリリースがはじまっています。

昨年も1年間、さまざまな地域でのイベント開催を続けてきました。そうした場で新たにHUISや遠州織物のことを知ってくださった方、またウェブ上やSNS上で知ってくださった方もおられると思います。そうしたみなさんに向けて、今日はあらためてお伝えできればと思います。

ご存知の通り、HUISは「遠州織物」という生地を使ったブランドです。「遠州織物」は、遠州という歴史ある繊維産地で生まれる生地のことを指しますが、多くのお客さまにとって、アパレル・ファッションにおけるこの“産地”という言葉はあまり馴染みのなかったことではないかと思います。
そうした意味で、HUISのことを知ることが、服選びの楽しみ方が新たに広がるきっかけになった、というお声もいただくようになってきました。それは、私たちにとってもすごく嬉しいことです。

 

こうした“繊維産地”というものは、地域ごとの特色を活かし長い年月を経て技術が育まれてきたものです。そして日本国内の繊維産地は多くが、世界的に極めて価値の高い技術をもつ産地です。
本来、農産物や水産物とまったく同じように、産地の情報が価値の裏付けとなって流通するのが自然なことなはず。ですが、アパレル業界のさまざまな要因の中で、産地というものの情報はこれまでお客さまに知られることがありませんでした。むしろ、“産地”という概念を新鮮に感じる方が多いのではないでしょうか。それほど、アパレルにおける生地の流通というものが、特殊性を帯びてきた歴史を感じています。

今回は私たちが考えるその理由を、HUISのことを少し振り返りながらお伝えできればと思います。

まずは、私たちが住む遠州という産地についてあらためて。

遠州は、主に綿(コットン)生地の産地で、シャツ生地などの洋服の生地が作られています。単にシャツ生地、というわけではなく、限られた国内外のハイブランドなどが使ういわゆる“超高級生地”が作られています。高級生地に特化したアパレル向けの綿織物の産地、が遠州産地です。ちなみに、今は麻(リネン)織物も多く作られています。

では高級生地とはどんな生地でどんな特別さがあるのか?
細番手&高密度生地を作ることができるのが遠州の技術であり、特に織機の中で最も古い織機『旧式のシャトル織機』が、国内で最も多く残る産地です。
機織りの世界は、古い織機になればなるほど扱いは難しく、技術が必要になります。一方、旧式の織機で低速に織れば織るほど、糸に遊びのある状態で柔らかく織り上げていくため、抜群の着心地と風合い、その他機能性が生まれます。
そして、糸は細番手になればなるほど、かつ、高密度になればなるほど、織るのは難しくなります。

つまり、旧式のシャトル織機を使い、細番手&高密度の生地を織るのが最も難しい生地なのです。この大変難しい規格の生地を、最高級の糸を使って織るのが遠州織物の特徴です。まさに綱渡りのような生地です。こうした技術があることから、織るのが難しい麻(リネン)織物も現在たくさん織られるようになりました。

ですが、BtoBに特化して流通する中間材であるところの「遠州織物」は、一般の方にほとんど知られることがありません。今は規模も急激に縮小し、特別な技術を持った機屋さんだけが残っている産地です。

実は、遠州に住む地元の人も「遠州織物」がどんな生地なのか、どれほど価値のある生地なのか、知っている方はほとんどいません。恥ずかしながら私たち自身も、HUISを通して産地の方々と関わる以前は、「遠州織物」の価値を知ることがありませんでした。
今の若い方だけでなく、ご年配と言われる世代の方まで知らないのです。そして、今にも消えて無くなってしまいそうな規模に縮小しています。過去には1000軒以上あった遠州の機屋さんは現在数十軒。2022年にも多くの機屋さんが廃業されました。おそらく、今、学校に通うような地域の子どもたちにも、このままでは知られることはなく産地自体が消滅してしまうでしょう。

そういう中で、遠州に残る貴重な織機、機織り職人さんたちの他にはない技術、そして遠州織物の価値を、洋服というものづくりを通してお伝えしているのが「産地発ブランド」としてのHUISの役割だと思っています。

HUISを立ち上げる以前のことを、少し振り返ってみます。
こうした遠州織物のことを知った当初、私たちは、他にもそういう良い生地を作っている地域や、あるいは国があるものだと思っていました。

お米だったら「魚沼産コシヒカリ」、牛肉なら「松阪牛」が有名ですが、他にもお米や肉牛を作っている地域は多くあり、それぞれにブランド化を図って一生懸命切磋琢磨しています。高級な綿織物といわれる遠州織物も、数ある産地のなかの一つではないか、というイメージが最初の感覚でした。

 

ただ、知っていくと、旧式の織機を使った高級糸の細番手高密度の生地を作る産地なんて、もう世界中どこにもない、唯一、遠州だけで、とんでもない技術を持った機屋さんたちがこの技術を閉ざさまいとがんばっている。でも、年々縮小し、今にも消えて無くなってしまいそうな産地なんだ、ということを知ります。

和牛は世界で評価されているのに、日本中、どこもブランド牛を育てなくなって、和牛というものを見ることはもうほとんどない。畜産業が残っている国内産地は松阪牛を作る松阪だけ、あとは安価な輸入牛肉しか流通していない。まるで、そんな感じなんだと理解するようになります。

そして同時に、繊維産地というものは、それほどまでに一般消費者に対して情報が伝わらないものなんだ、と思いました。松阪牛は松阪牛としてはっきりとブランド化されていて、消費者に認知されています。松阪に行けば間違いなくおいしい松阪牛のお店があるし、少なくとも、そこに住む地域の方々はそのことを誇りに思っています。

こうした素材そのものが消費者に届けられる農産物と比べ、「生地」はとにかく生産者から消費者までの距離が遠い。

繊維業の特徴のひとつは、流通において、中間に関わる役割を持つ人が多い、ということです。
アパレルは、素材そのものの価値よりも、デザインや見せ方といったものが尊重される世界です。私たちは、それ自体はとても文化的で尊いことだと思います。だからファッションはこれほど魅力的で、人にとってとてつもなく大きな産業になっている大きな要素だと思います。

ただ、一方で、こうした部分での優先順位を持つ人をたくさん介することで、素材そのものの価値について、その情報はどんどんと薄まっていきます。どの国で、どの産地で作られた生地か、という情報すら、流通の途中で消えてなくなってしまうのです。だから、遠州に住む人すら、遠州織物のことを知らないのです。

そして、素材の価値の情報が薄くなるのであれば、それは効率良く生産できる安価なものにどんどんと置き換わっていくということが、実際、自然なことだと思います。

HUISを立ち上げ、しばらく経ってからの頃の話に移ります。

ブランドをスタートしてから、次第に地域内だけでなく、イベント出展などを機会に、地域外に展開が広がっていくようになります。
そこで知り合ったブランドさん、担当者さんやオーナーさんと交流する中で、他産地のことを少しずつ知っていきます。

最初にそういう“産地”をテーマにしたイベントに出させてもらったのが、名古屋タカシマヤでの『もんぺ博覧会』でした。これは、福岡・久留米絣をもんぺ(MONPE)にしてブランド展開されている「うなぎの寝床」さんが企画されていたイベントで、名古屋に程近い遠州のブランドとして呼んでいただいたのがきっかけでした。

 

久留米絣はもともと着物のブランド生地ですが、“日本のジーンズ=MONPE”というコピーで新たな価値を提案され、当時からうなぎの寝床さんは産地発ブランドとして有名でした。
その後、同じように産地をテーマとするイベントが少しずつ現れ始め、例えば、最高品質のウールコートを作るblanketさんと知り合い、愛知県一宮市が尾州織物といってウール生地のすごい産地だ、あざやかなショールを展開するtamaki niimeさんと出会い、兵庫県西脇市(播州)は遠州と並ぶ綿織物の産地なんだ、といったことを知っていきます。

 

 

他にも、主な繊維関係の国内産地をいくつかざっくりとご紹介させていただきます。

群馬・桐生 → シルクとジャガード織物
山梨・富士吉田 → シルク
北陸 → 化学繊維
新潟 → 横編みニット
静岡・浜松 → 綿・リネン(遠州織物)
静岡・磐田 → コーデュロイ(遠州織物)
愛知・一宮 → ウール(尾州織物)
愛知・三河&知多 → 綿(三河木綿・知多木綿)
滋賀 → 麻(近江上布)
三重・伊勢 → 綿(伊勢木綿)
和歌山 → 丸編みニット(メリヤス)
奈良 → 靴下
京都・西陣 →  シルク(西陣織)
南大阪 → タオルや毛布(泉州織物)
兵庫・西脇 → 綿(播州織物)
岡山・児島 → デニム
愛媛・今治 → タオル(今治タオル)
福岡・久留米 → 久留米絣

和服生地を作る産地についてはまだまだ他にもありますが、アパレルに近い産地を列記しました。
こうした繊維産地のことを知るたびに、ああ、これは農産物と全く同じなんだ、と考えるようになります。

遠州の農業について、少し話題を広げます。
ここ遠州は農業が盛んな地域で、特に”国土の縮図”と表現されています。それは、日照量が豊富なほか、地域内に気候や地形・土質が異なるさまざまエリアがあり、多種多様な農産物が生産されていることが理由です。

農産物は、その土地の環境にあったものが特産品として育ちます。例えば、浜松の「みかん」が育つ地域は、山間地に近い地域で、大きな石が土の中にごろごろとあるような痩せた土地です。
おいしいみかんが育つためには糖度を高めるため豊富な日照量が必要になるとともに、根からの水の吸収をどれだけ防ぐことができるか、がポイントです。水はけが良い痩せた土地で日照量が豊富な地域だからこそ、おいしいみかんが採れ、ブランド力は高まり、みかん栽培の技術が歴史的に成熟しているのです。

一方、国内で長野に次ぐ大きなシェアを誇る浜松のセルリー(セロリ)が育つのは、天竜川西岸や浜名湖東側の地域で、ここは栄養分が豊富でふわふわの洪積埴壊土が広がっているため、栄養を必要とする西洋野菜がよく育ちます。
川や湖に隣接するこうした土地は、大昔は川だったことが多く、山から流れてきたたくさんの養分を土が含んでいるためです。
仮に痩せたゴロゴロ石の土地に持ってくと、セルリーはまともに育ちません。その地域ならではの強みを活かした特産物が生まれるわけです。

こうした地域ごとの農産物の産地化を、生産・流通・ブランド化の面で大きな役割を果たしてきたのが、各地域に根付く農協です。厳しい出荷基準を設け、それに足る生産技術や資材を農家さんに提供し、品質基準の保たれた生産物を産地としてブランド化し、流通にのせるのです。

農作物に洋服のようなデザインディレクションは不要です。流通において中間に関わる人たちが、常に◯◯産という情報とともに、素材そのものを流通させていきます。◯◯産という情報を、信頼性の根拠として。これは水産物についても同じことが言えます。
そうした情報のおかげで私たち日本人は味だけでなく、地域性も感じられるこんなにも豊かな食文化を享受することができています。

繊維業に話を戻すと、繊維産地の分布でよくわかるように太平洋に面した日照量の豊富な地域ではほとんどが綿織物の産地となっています。そのため、綿織物の産地は現在も農業がさかんな地域です。遠州織物の歴史も、綿花の一大産地となった江戸時代中期以降を発祥とするもので、農産物たる綿花栽培が繊維業の基礎にあります。
一方で、日照量の乏しい北陸地域は化学繊維の産地、群馬や山梨といった内陸部では、養蚕を基とする絹(シルク)織物の産地として残っています。

こうした特産物を見ていると、知られにくいと言われる繊維産地の中でも、一般消費者の方に比較的よく知られている産地というのは「今治のタオル」「奈良の靴下」「岡山のデニム」といったものではないかと思います。

その理由のひとつは、生産品が最終製品により近いものだからだと私たちは考えます。
素材そのものが最終製品に近いということは、デザインをするという役割が薄く、生産者から流通までに介する人が少ないということです。そのため比較的農産物に近く、結果、産地そのものがクローズアップされやすい傾向があるのだと思います。

その点、「旧式のシャトル織機で織った細番手高密度の生地」というまさに中間材である遠州のような生地の産地が知られづらいのは自然なことなのだと思います。

こうした中で、国内の繊維産地のことがきちんと知られ、技術を持つ職人さんたち生産を担う方々にスポットがあたるためには、流通の中間を担う立場の人や企業が、どれだけ産地の価値ある情報を発信していけるか、が鍵だと私たちは考えています。

HUISのような「産地発ブランド」は、生地を仕入れるための中間事業者をまったく介しません。また産地の中で、歴史、技術、生地の情報を得て、価値を知ることができます。これほど恵まれた環境はありません。

日本の国内には、多種多様、豊かな繊維産地が今なおあります。担っている人たちがいます。たくさんの人に知ってもらえることは、そこに住む地域の人の誇りになり、そして日本人にとっての誇りになります。
そして、それはファッションを楽しむ消費者のみなさんにとって、いかに幸せなことか。色や形など、外面的な情報だけでこれほど楽しめていたファッションの下には、無限に広がる日本の産地や技術という興味深い情報があるのです。さきほど話題にあった食文化と同じような世界が、その先にあるのです。

WEBやSNSが発展し、生の情報・本当の情報を知ることができるようになった現代で、「産地発ブランド」と言われるブランドがもっともっと出てくる未来を私たちは予想しています。そういう人や組織が、各地域に現れることを期待しています。そして、そうしたブランドさんたちと、切磋琢磨して交流する未来を楽しみにしています。

昨年お届けしてきた「生地のコト、産地のコト」シリーズのうち、2023年は、いよいよ「産地のコト」編をスタートします。ぜひそちらもご覧くださいね。

 

 

 

 

 

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