前編で見た古橋織布の転換から35年。遠州産地の現在と、自販がもたらした変化について、さらに深く聞きました。
実は現在でも、自販をしている機屋はごく少数だそうです。「合同展示会に出展しているほとんどは、商社や産元。その中に私たちのような機屋がいること自体が珍しいんです」と古橋さん。
ではなぜ、他の多くの機屋さんは転換しなかったのでしょうか。「というより、できないんです。よっぽど向こう見ずな変人じゃないと。傍にいた母は苦労したようです。」と古橋さん。

厳しい状況に身を置きながら、そこからさらに険しい道に向かって進むことを選ぶ。後先考えず、無鉄砲に突き進む。確かに、変わった人。変人だからこそできた選択なのでしょう。
松下さんは「産地において多くの機屋さんが従来の賃織りを続ける中、状況は厳しくなっていく。古橋さんのお父さん(古橋織布3代目 古橋敏明さん)は、厳しい状況で機屋自体を廃業する選択肢もあった中で、自販という新しい道を選んだ。それは本当にすごい決断だったと思います。自販というのは、機織り工程以外の糸開発や染色などの責任も負って手配し、アパレルブランドに届けるということです。本来、職人さんは、職人仕事だけに没頭していたいはずなのですが、アパレルブランドとの対話や営業的なこともすることになり、外から見る以上に職域がすごく大きく変わるのです。とは言っても、機屋さんによって規模も違えば、得意分野も違います。古橋さんたちのような道もあれば、従来のスタイルを貫くという道もある。どちらが正しいという話ではありません」と語ります。
それぞれの機屋にはそれぞれの事情があり、産元との関係を続けることも一つの選択肢。自販に挑戦するのもまた一つの選択肢。もちろん正解も一つじゃない。だからこそ、自分の意思で選ぶことが大切だったのかもしれません。
では、古橋織布が自販の道を進んだことによって、何が変わったのでしょうか。
「一番大きいのは、アパレルブランドから直接評価が聞けるようになったことです」と古橋さん。「父の時代、賃織りの仕事では問題がある時しか連絡が来なかったそうです。でも本当はもっといろんなことができるのにという思いがあった。今は『この生地いいね』『ここをこう改良できないか』という声が直接聞ける。新しい発想に触れたり、好みを知ることで、それが次の開発につながっています」
松下さんも続けます。「コードレーンのように、古橋さんがお客さんのニーズに応えて開発した生地は、結果的にHUISを含めた多くのブランドで人気になっています。良い生地があることで、新しい需要が生まれているんです」
今、古橋織布には約200品番の定番生地があります。ブランドと直接対話を重ね、一つ一つ要望に応えながら作り上げてきた生地たち。これが自販という道を選んだ結果です。
新しい挑戦をするとき、直接フィードバックを受け取れるのは、とても大きなヒントになります。でもそれは、相手の言葉を正面から受け止めるということ。中には厳しい声も届いたはず。素直に受け入れるのは難しいような声もあったはず。それでも、より良いものを生み出すという想いを貫いたからこそ、険しい道を歩き続け、今にたどり着くことができたんだと思います。
さらに古橋織布には、もう一つの強みがあります。それが先染めへの対応です。遠州は後染めの産地として知られていますが、古橋織布は違いました。
「父の代で自販を始めた時、小ロットの先染めができるところが遠州にはほとんどなかった。だからそれを強みにしたんです。最小ロット一反から対応する。そういうスタイルで差別化を図りました」と古橋さん。
30年かけて生地開発の実績を積み、先染めという独自の強みも確立しました。そして今、古橋織布の挑戦は次の段階に入っています。
「今は生地を売るだけでなく、自社で製品まで作って消費者に直接届けています」と古橋さん。機屋が製品化、そして販売まで手がけるということは、全工程に責任を持つということ。「お客さんに『この肌触りが古橋織布の生地なんだ』と直接感じてもらえる。生地の良さがダイレクトに伝わるんです」

35年前、賃織りから自販へと新しい道に進んでから、ブランドとの対話を続け、そして今、最終消費者に製品を届けるまでになった。一歩一歩、お客さんとの距離を縮めてきた。それぞれの段階で新しい関係性を築き、新しい価値を生み出してきた。この進化の物語が、古橋織布の歴史です。
厳しい状況の中で古橋織布が選んだ自販という道。それは単なる流通の変更ではなく、ものづくりの在り方そのものを変える挑戦でした。
賃織りの時代は問題がある時しか来なかった連絡が、「この生地いいね」という声に変わった。ブランドとの対話から200品番が生まれた。そして新たな挑戦として、自社製品の販売も始めている。作り手とお客さんの距離が、長い時間をかけて少しずつ近づいてきた。その関係性こそが、新しい価値を生み出す源になっています。
今回お話を伺って思ったことがあります。それは、古橋織布の決断は特別な物語であると同時に、ものづくりの本質を教えてくれるということです。作り手の思いが、売り手、そして使い手に届く。その関係性を35年かけて築いてきた。それは遠回りに見えて、実は最も確かな道だったのかもしれません。
半世紀以上続いていた賃織りのスタイルから、自販というスタイルを選んでから35年。厳しい道のりを乗り越えた結果、今の古橋織布のスタイルが確立されました。さらにこの先、この道がどこに繋がっていくのか、ただただ楽しみです。









