浜松出身のライター・宮崎駿(みやざきしゅん)さんが綴る『知らずにいた故郷の誇り、遠州織物の今と未来』、第4回です。
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前回ご紹介した、遠州織物における経通しの現状について。ひきつづき収入という点で感じたことをまとめてみたいと思います。
後継者になるということは、経通し職人という立場を仕事にするということになります。そして、仕事を選ぶ上で考えずにはいられないこと。それは、お金の問題です。仕事を選ぶ時の基準は人それぞれですが、お金に関して一切考慮しないという人は稀でしょう。
経通しを含む、遠州織物を紡ぐための各工程は、元々は大きな企業の下請けとして、役割を果たし続けてきました。そのため仕事に対して手元に残るお金は、元請けの企業に裁量権がありました。過去のお話を伺ったところ、「遠州織物を生み出すために必要不可欠な作業であるにもかかわらず、十分な給料を受け取ることができていなかった」とのこと。あまりにも厳しい世界だと、率直にそう感じました。
過去に、何度か職人側からお金に関する改善の話は出ていたそうですが、そのたび「そういったことを言うのであれば、あなたにはもう仕事を依頼しない」という、態度を取られてしまっていたとのこと。当時は、たくさんの職人がいたからこそ、今より職人1人の立場が弱かったのかもしれません。また時代背景としても、大量生産大量消費の時代でしたから、「品質は素晴らしいけど、生産スピードがゆっくりで価格も安くはない」遠州織物を作っている職人が、今ほど注目されなかったのかもしれません。現在、職人さんの作業単価は少しずつ見直される部分もあり、なんとか生活ができる程度の給料になるケースも生まれてきているそうです。
現在の経通し職人の給料について、もう少しだけ具体的なお話をします。まず、経通し職人の給料は、完全歩合制。これは以前から変わらないそうです。歩合というのも最小単位で「経通しの作業1本に対していくら」という計算方式になっています。10年以上前は、1本あたりの単価がとても低かったそうですが、今は少しずつ単価を上げられている例も。これは「作業の精度の高さ」や「万が一ミスがあれば、その対応をすぐにしてくれること」といったいくつかの要素を踏まえた金額になっているそうです。また、指定された作業内容が複雑になるほど、単価は上昇するそうです。
さらに、職人といえば、下積み時代があるのか自然なのかもしれませんが、今の時代でその環境に飛び込むには勇気が必要です。一人前になるまでは単価も若干下がるでしょうし、作業効率も悪いため、その期間は生活できるギリギリの金額になるでしょう。また歩合制となると、体調不良などで作業ができなくなってしまえば、当然お金は1円も受け取ることができなくなります。
色々とマイナス思考な内容を書いてしまいましたが、ライターという仕事も給与に関しては経通し職人と近い関係で、親近感があります。僕はフリーランスのライターとして活動していますが、「時給制」と「歩合制(1記事あたりもしくは1文字あたり)」のどちらも経験があります。どちらかというと、歩合制の方が一般的です。そして、この金額は全ライターが共通ではなく、媒体や個人の能力によって差があり、原稿を書き上げることができるまでは、1円も発生しません。そして、何かしらの事情で仕事ができない期間、それもお金は受け取れなくなってしまいます。職人とフリーランス、実はとても近い関係なんですね。
ここまで、お金の話をしてきましたが、もうひとつ仕事選びで大切なこと。「やりがい」と呼ばれているものについても考えてみました。ここに関しては、経通し職人を含む遠州織物の職人として働くのであれば、間違いなく手に入るものだと思います。職人ではない僕が言っても、説得力はあまりないかもしれませんが、遠州織物は「歴史を持つ遠州を代表する産業」であり「世界的に評価されているメイドインジャパン」でもあります。それに携わるだけでなく、消えかけてしまっているこの産業を土台から支える立場になるわけです。この経験ができる仕事は、他にはそうそうないでしょう。
もちろん「やりがいがあれば他のことは関係ない」とは言えません。やりがい搾取という言葉もありますし、やりがいだけではご飯は食べていけません。それは、どの業界でも共通していることです。その上、遠州織物は産業として今かなり厳しい状況。「お金をたくさん稼ぎたい」という目的には合わない仕事でしょう。
ですが、今厳しいということはこれからが大事ということです。これからの取り組みによっては、遠州織物が産業として再成長を果たすこともできるはずです。そのためには、1人でも多くの人がここに参加する必要があります。今、とある1人がここに飛び込み、結果を出す。それに続いて、2人目、3人目と続くことができれば、産業の土台が強固になるだけでなく、規模も大きくなり、それぞれが受け取れるお金も増える。やりがいのある仕事を突き詰めると、お金が後からついてくるはず。かなり都合のいい考えですが、非現実的だとは思いません。遠州織物には、それだけの価値があるはずです。