織物ができあがった後、それはどうやって洋服になっていくのか。今回は古橋織布が独自の販売スタイルを確立するまでの話を聞きました。
そもそも機屋さんはどうやって生地を売っているのか。松下さんは農家と農協の関係に例えて説明してくれました。一般的な農家は農協に作物を卸し、農協が市場に流通させる。同じように、ほとんどの機屋さんは、産元や商社に生地を卸し、そこからアパレルメーカーに販売されるという構造になっているそうです。「全国数ある農家の中で『○○農園』として直売している人はごく一部。機屋も同じで、古橋さんのようにアパレルに直接販売する『自販』をしているところは本当に珍しいんです」と松下さん。
この産元・商社システムは、実は非常に効率的だったとのこと。アパレル側のニーズを把握している産元が、売れる生地を大きなロットで機屋に発注。機屋は明確な指示のもと織ることで、販売先の開拓や在庫リスクを負うことを避けられる。「織り以外のトラブル、例えば染めムラとかがあっても、産元さんが間に入ってくれるので、この体制は間違いなく安定しているものでした」と古橋さん。
安定した依頼と、いざという時のサポートがある。フリーランスとして活動している身からすると、この体制の安心感が身に沁みます。
古橋織布の二代目(古橋佳織理さんの祖父母)の時代は、この体制が確立されており、活況の時代だったとのこと。「祖父母の時代は、需要が非常に高く、織った生地がすぐに売れ、傷があっても売れていくような時代でした。産元と機屋がそれぞれの役割に集中でき、産地全体が潤っていたと聞いています」と古橋さん。
しかし35年前、現会長(敏明さん)が三代目として継いだ時には、海外製品との競争が激しくなる中で、繊維産業全体が厳しい状況に。その状況を変えるために、敏明さんは大きな決断をされたとのこと。「利益面や納期についても、どんどんと厳しくなってきており、このままやっていけるのかという不安を抱えながらの経営だったそうです。そんな状況が数年続いた後、同世代の機屋や染工場の仲間たちとチームを組んで、産元を介さない直接販売、つまり自販への挑戦を始めたんです」
農業高校を舞台とした漫画『銀の匙』が大好きな自分。作中で、「農協を挟まないことのリスク」が描かれていたことを思い出しました。会社を守るため、そのリスクを請け負い、自販の道へ。当時、相当な勇気が必要な決断だったことは、間違いないでしょう。
この挑戦の中で興味深いのは、ある産元も協力してくれたということです。「その産元さんは自販という新しい道を応援してくれて、アパレルへの営業方法や商談の進め方など、実践的なノウハウを教えてくれたそうです」
産元でありながら機屋の独立を応援する。最初は不思議に思いましたが、話を聞くうちに、産元vs機屋という単純な構図で見ていた自分が間違っていたことに気づきました。産元側も厳しい時代を生き抜くために、数々の努力と苦渋の決断をしてきたはず。それでも新しい挑戦を後押ししてくれた。そこに産地への深い愛情を感じます。
ただし、自販への転換は想像以上の大変さだったそうです。「今までは産元からの発注に対して、織ることに専念できる環境でした。でも自販となると、糸の発注や染めの依頼も全て自社で手配することになり、染めムラや色ブレなど、織り以外のトラブルも全部自社で対応しなければならない。負う責任とコントロールしなければならない業務が格段に増えます」と松下さん。
古橋さんも「当時は基盤がない状態で始めたので、父は糸染め工場を探すところから始めたそうです。合同展示会でお客さんからヒアリングしながら、どういう色がいいのか、どういうものが作れるかを一緒に作っていったと聞いています」と説明します。機屋の仕事を続けながら新しいことにも挑戦し、様々なトラブルを乗り越え、現在のスタイルを確立するまでに5年はかかったとのこと。
ゼロから作り上げる5年間。フリーランスとして独立した時、最初の1年を乗り切るだけでもあれだけバタバタした身からすると、気が遠くなるような挑戦です。しかも自分一人ではなく、従業員の生活も背負い守るための収入を確保しつつ、新しい道を切り開く。その重圧の中で諦めなかった強さに、ただ驚くばかりです。
それでも続けられたのは、直接商談の反応が良かったから。年4回の生地の展示会を通して、直接会って話をしながら、取引が始まった。「賃織りの頃は問題がある時しか電話が来なかった。でも直接アパレルと話すと評価してもらえた。自信にも繋がった。『もっとこういうことができるのに』という思いが、ずっとあったんだと思います」と古橋さん。
作り手が直接評価を聞けることの重要性。ものづくりの本質的な喜びがそこにあるような気がしました。
今回の話で、35年前に古橋織布が産元を介さない自販へと転換した経緯がわかりました。でも実は、自販をしている機屋はごく一部。次回は、なぜ多くの機屋が転換できないのか、そして産地の現状について掘り下げていきます。











