浜松出身のライター・宮崎駿(みやざきしゅん)さんが綴る『知らずにいた故郷の誇り、遠州織物の今と未来』、第20回「シワが目立つのではなく、馴染むシャツ」です。
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前回は、HUISでのはじめての買い物体験として、「015オーガニックコットンバンドカラーオーバーシャツ」を購入するまでのことを書きました。そのシャツが、4月頭に私の手元に届きました。
配達員さんから受け取った時、「本当に中にシャツが入っているのか」と思わず疑ってしまいました。それほど、軽かったんです。
取り出してみると、想像以上の柔らかさが手のひらから伝わってきました。軽さも柔らかさも、想像していたつもりでしたがそれを軽々と飛び越えるほど。軽さは、この柔らかさからきているのかもしれません。
「楽だな」袖を通した最初の感想です。
肘を曲げたり、腕を上げてみたりしても、どこかが突っ張る感じがない。生地が硬いシャツを着ていると、どうしても腕を動かしたときに引っかかるような窮屈さを感じるものですが、それがありませんでした。シャツといえば、ピシッとした洋服。そんなイメージを、簡単に変えられてしまいました。
柔らかさにも、独特のものがあります。Tシャツの柔らかさとは少し違って、柔らかいのにハリがある。突っ張るとは違う、強さのような感覚です。商品ページにあった「耐久性が非常に高い」という言葉に、初めて着た時点ですでに納得してしまいました。
サイズもちょうどいい感じです。HUISの服は、ユニセックスでワンサイズ。届くのを待つあいだ、それが身体にどう馴染んでくれるのか、正直なところ気にしていました。けれど着心地には違和感がなく、袖丈も肩周りもちょうどいい。一番上のボタンまで締めると、若干首周りに窮屈さを感じましたが、そこは普段締めないので問題なし。自分のためのシャツなんだと思いました。
似合っていると思えるし、どんな場でも着ていけるデザインと作りだから、どこへでも迷わず着ていける。このシャツは、私の普段着のなかでも、自然と手が伸びる一着になりました。

それだけではなく、先日は取材の場にもこのシャツで向かいました。取材は、ライターである私にとって、最も身なりを気にしないといけない瞬間です。
普段、取材のときからシャツを着ているので、装いが大きく変わったわけではありません。それでも、このシャツを着ている日は、相手の前に堂々と立てるような感覚があります。自分のための洋服を着ているからかもしれません。着る人のことを考えてつくられた服であることと、遠州織物が持つ馴染む力。それが、私にこのシャツが自分のものだと思わせてくれているのだと感じています。
そして何度か着ているうちに、洋服のシワに対する見え方も変わってきました。
シワがたくさんついていると、どうしても見栄えが悪くなってしまう気がして、シワは極力ゼロにしたい。そう思いながらシャツと付き合ってきました。洗濯のたびに、できるだけきれいに干したいと思うものの、なかなかうまくいかない。そんなことを繰り返していました。
このシャツの場合は違いました。まず洗濯機から取り出した時のくしゃくしゃ感が少なくなりました。もちろん、洗えばシワそのものはできます。それでも、ある日、乾いたシャツを取り込みながら、ふとシワを気にしていない自分に気がつきました。着ているときに見直してみても、同じです。朝から着ていると、夕方には洗濯でできたものとは別のシワが増えています。それでもシワのつき方が自然で、いつのまにか味のように見えてきます。
よく笑う人の目元に笑い皺ができるように、このシャツのシワも、着る人の体の動きや形に沿ってできていく。シンプルで誰にでも馴染む服だからこそ、シワのつき方にその人のくせが現れてくる。誰でも着られるはずの服が、着ているうちにその人だけの一着になっていく。まだ着てからそれほど経っていないので、これはあくまで仮説です。1年後、3年後にこのシャツがどうなっているのか、いまから楽しみです。
買って、着て、洗って、また着る。1ヶ月ほどHUISのシャツとそうして過ごしてきたなかで、いま自分のなかに一番強く残っているのは、納得という感覚です。

連載を通して学んできたこと、書いてきたこと。シャトル織機でゆっくり織られる生地、ユニセックスでワンサイズという設計などについて、この一着を手にしたことで、自然と腑に落ちました。
洋服を買い袖を通すというのは、本来こういうことなのかもしれません。買って満足。あとはなんとなく着たい時に着るだけ。それではもったいない。着るたびにその洋服と対話する、なんて書くと少し壮大な話になってしまいますが、着ているときにふとその洋服のことを考える瞬間が、これからは増えていくんだろうと思います。










